コロナウイルスの進行とエンターテイメントの価値の再考

はじめに〜コロナウイルスによる感染拡大によるエンターテイメントへの影響〜

こんにちは、いとはきです。

3月・4月とコロナウイルスによる感染拡大が進み、多数の人が集まるようなイベントや外出の自粛要請が行われています。この要請に関して、感染の進行を防ぐためには、致し方のない決断であると考えられます。この中で、「不要な外出」に当たるエンターテイメントを提供する業界に関しては、今回のコロナウイルスによる大打撃を受けています。例えば、ディズニーランドやUSJについては、既に休業期間を延長して4月中旬以降での再開を予定しており、これに伴い多くの遊園地が自粛を行なっています。他の大規模な文化的な公演も中止や延期になり、これに合わせて小中規模のエンターテイメントも自粛することになっています。

筆者は、このような状況に対して異を唱えることはありません。むしろ、このようにオフライン上でのエンターテイメントが制限された状況であるからこそ、その価値について再度考えてみる必要があるのではないかと考えました。そこで、エンターテイメントの価値について考えた上で、コロナウイルスの感染拡大がこのまま続いた場合に、どのようにその価値が変容していくことになるのかを、独自の視点から述べていきます。

この記事では、エンターテイメントを、「人々を楽しませることができる娯楽全て」という様に、かなり広く定義しています。そのため、エンターテイメントの認識が皆様と離れていましたら申し訳ございません。

 

人間にエンターテイメントは必要か?

エンターテイメントとは、何なのでしょうか。人間が生存していくだけであれば、娯楽やエンターテイメントなどはなかったとしても生きていけるかもしれません。しかし、人間が人間として生きる上では、エンターテイメントは重要な役割を果たします。1938年にオランダの文化理論家のヨハン・ホイジンガは人間のことを「ホモルーデンス」と呼びました。ホモルーデンスとは、「遊ぶ人」を意味しています。ホイジンガは、人間の文化や社会は、全て遊びの要素をはらんでいると考えました。人間は、音楽や美術、演劇などの文化を作り上げてきました。それらは、ホイジンガによれば根源は遊びによるものであるとされています。

確かに、生きるのに必要なものを満たすことができれば、生きることはできるかもしれません。しかし、人が精神的な充足を図るために生み出されたのがエンターテイメントなのではないでしょうか。これは個人的な主張とはなりますが、人間の感性が構成されるのは、エンターテイメントであると考えています。母親の子守唄を聞き、絵本を読み、友達と遊ぶことでコミュニケーション能力や読解力を身につけています。このように、私たちは幼くしてエンターテイメントに触発されながら、感性を構成していると考えられます。そのため、エンターテイメントは、私たちの精神に大きな影響を与えており、なくてはならない存在となっています。

この中で、エンターテイメントにおいて、人が介在することとなるようなもので、かつ、オフラインのものは、現在コロナウイルスの影響で大きな打撃を受けています。次項では、このオフラインにおけるエンターテイメントを整理していきます。



2.オフラインにおけるエンターテイメント

 

現在、ネット技術の発達により、回線を通じてスマホやPCを用いて離れた場所で、オンラインにおけるエンターテイメントを楽しむことができるようになりました。しかし、オフラインにおけるエンターテイメントで提供されている魅力を、全てオンラインにおけるエンターテイメントで代替できているわけではなく、当然のことではありますが、オフラインにおけるエンターテイメントは未だに存在しています。

それでは、オフラインにおけるエンターテイメントの価値とはどのようなものでしょうか。ここでは、自身の考え方から、大きく3つの要素をあげます。1つ目は、そこでしか味わうことのできない雰囲気が得られることです。スポーツ観戦やアーティストのコンサートなどでは、いわゆるライブ感を味わうことができるとされています。そこにいる感覚を、他者と共有するという感覚は、オフラインでしか味わうことしかできません。

2つ目は、視覚と聴覚以外の感覚を用いることができることです。例えば、体験型のアトラクションや、実際にそこで体を使うスポーツなどはオフラインでしか楽しむことはできません。実際にその場にいなければ楽しむことができないので、オンライン上ではできないものとなっています。

そして、3つ目は、人が存在していることです。オフラインでは、そこに人がいます。もちろん、オンラインでのエンターテイメントでも画面の向こうにいる相手と同時に物事を行うこともできますが、実際にその場で顔を合わせて楽しむことができるのはオフラインの価値だと考えられます。

このような価値は、現在のところオフラインでしか得ることができないものです。VR(仮想現実)を用いて大体可能なのではないかと言う意見もあるかとは思いますが、現在のところ完全に再現するには至ってはおらず、価値を代替しているとは言えないと考えられます。

このような価値を提供しているオフラインのエンターテイメントですが、コロナウイルスにより打撃を受けています。もちろん、感染拡大の防止により自粛が求められている現在でも大きな打撃はありますが、未来に向けても大きな課題が残るのではないかと考えています。次の章では、その課題について考えていきます。

 

3. コロナウイルスの影響とオフラインにおけるエンターテイメントの未来

コロナウイルスの影響により、オフラインにおけるエンターテイメントが打撃を受けているのは火を見るよりも明らかです。しかし、この影響はウイルスの鎮静後も継続するのではないかという悪い予感がしています。それは、自粛の際に趣味に触れなくなることにより、趣味から今まで得られていた精神的な満足感を忘れてしまうのではないかというものです。趣味を愛している方の中には、長い間その趣味に触れることにより、習慣化している方もいます。この習慣化というものは、少し距離を置かせることで、無くなってしまうこともあります。こんなことをいうと、「少し距離をおいただけで離れてしまうなんて、それは本当に好きではないからだ」という反論が出るかもしれません。

この意見に関しては、私は真っ向から否定します。これは、時間や距離が離れたから、その趣味を好きでなくなるわけではありません。というのは、趣味自体を楽しんでいた記憶が薄れることで、趣味と楽しさの結びつきが低減してしまうことが原因かと思われます。例えば、人間関係に用いられる心理学の用語として、単純接触効果というものがあります。これは、繰り返し接すると、その人に対して好意度や印象が高まるという効果です。よく会う頻度の高い友人や近所に住む方などに対しては、頻度が低く距離が遠い知人よりも好意的に映るのではないでしょうか。趣味に対しても同様で、頻度が多いほど、その趣味に対する熱量も多くなっていく側面はあるかと思われます。

これに対して、コロナウイルスは、オフラインにおけるエンターテイメントの中で対面接触のあるものを制限する契機となりました。これはあと1ヶ月で沈静化するかもしれませんし、半年以上も続くかもしれません。そのこと自体は、仕方のない事実です。しかし、沈静化後に、今までその趣味にかけていた熱量を忘却化してしまい、自粛している間に開発されたオンライン上のエンターテイメントに移行する方もいるのではないかと考えています。習慣化というのは恐ろしいもので、この自粛期間の間に、今までと異なる趣味に熱中する人も多いかと思います。新しいオンライン上のエンターテイメントにハマるのは悪いことではありません。しかし、オフラインでのエンターテイメントで今まで感じていた楽しさを忘れてしまう恐れがあることに悲しさと恐怖を感じているのです。このように、コロナウイルスによる自粛ムードは、現在だけではなく、未来においても大きな爪痕を残すようになることかと思われます。

 




おわりに

繰り返し述べますが、自粛ムードや自宅待機要請については厳守すべきです。コロナウイルスの感染拡大の防止は何よりも優先すべき事項であると考えています。しかしながら、その熱量は絶やさないでください。コロナウイルスの脅威が去った際に、再び動き出さなければ、オフラインのエンターテイメントの市場は途絶えてしまいます。私もオフラインでのエンターテイメントを提供しようと考えているうちの一人です。人と人とが実際に対面して、感情の共有ができる場を提供したいと考えています。

一刻も早くコロナウイルスの脅威を止めるために、熱量は保ちつつも、外出は控えて沈静化を目指しましょう。現在外出することでより被害が拡大するのは避けるように心がけましょう。

 

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