ボードゲームの未来を考察してみた~人工知能の発展と”遊び”の市場拡大~

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いつも当サイトの記事をご覧くださってありがとうございます、筆者のいとはきです。4月からアクセス数が増加し、多くの方々に対して有用な情報を提供できることに喜びを感じています。

皆さんはボードゲームの未来についてどう考えていますか?日本のボードゲーム市場は、アメリカやヨーロッパに比べて規模は小さいものの、ゲームマーケット等により個人がゲームをつくり個人に販売できる環境が整いつつあります。そのため、国内市場は徐々に増えつつあるといえるでしょう。それでは、5年後、10年後はどうなっているのでしょうか。

 

私は、将来的にボードゲーム市場はさらに拡大するのではないかと考えています。この考えを支えているのは、私の大学時代の研究にも関連しています。私は、大学時代に人工知能の発展について研究していました。

この研究を踏まえて、私は将来的に“遊び”の市場が拡大していくのではないかという仮説を考えました。中でも、ボードゲーム市場は、これに準じて拡大すると予期しています。今回の記事では、この考え方をボードゲームに対する私の思いとともに簡単に論じていきたいと思います。




1. 人工知能の発展と”遊ぶ”価値の再認識

「2045年問題」という言葉があります。これは、2045年という時点から、人工知能の発展が加速度的に進むという議論です。この議論はカーツワイルという学者により提唱されました。現時点では、人工知能スペシャリストにとどまります。例えば、囲碁やチェスといった分野の名人が、人工知能に敗れた記事をみたことは多いのでしょうか。このように、特定分野において人工知能は人間の能力を上回ることがあります。

2045年以降人工知能はどのように進化していくのでしょうか。今まで、人工知能は人間のプログラミングによって機能するものでした。もちろん、現在のスペシャリストとしての人工知能も、自ら学習を行うことができます。しかし、それは人間の与えた枠内での学習にとどまります。

カーツワイルは、2045年を超えると人工知能の性能が上がり、人工知能が自分自身でプログラミングを行い改良を行うことができるとしています。そうなれば、専門領域において突出した力を発揮するスペシャリストから広い領域で人間を超えるようなジェネラリスト型の人工知能が生まれる可能性が生じます。2045年問題人工知能の発展の一説であり、必ずしも正しい考え方ではありません。しかし、2045年というそう遠くない未来に、人工知能が人間を超えるような可能性があるといえます。

人工知能が発展するとどのような影響があるのでしょうか。人間を超えるような人工知能が誕生し、肉体的労働のみならず、知的労働までが代替されるという未来を仮定します。このような状況になると、今まで社会において根幹であった価値観が変わるのではないかと考えています。私たちは、生きる上で必要なものに価値づけを行ってきました。しかし、人生の中で直面する必要があった困難や課題を人工知能に代替させることができるようになれば、今度は不必要なものに目を向ける余裕が生まれます。それが“遊ぶ”価値ではないかと考えています。

人工知能ではなく機械が発展した時代を考えます。例えば、高度経済成長期に、家庭用の機械が大きな発展を遂げました。当時の主婦は家事に費やす時間が長く、娯楽に対して時間を割けませんでした。しかし、家電の開発により主婦が家電に家事の一部を代替させることが可能となったことで、家事に割ける時間は比較的減少しました。すると、主婦が今まで家事に費やしていた時間の一部が娯楽に回ることとなりました。これが、娯楽産業がこの時代に急成長する契機となったとされています。

 

 

人工知能の発達は機械の発展と同様の事象を引き起こすと考えられます。人工知能に対して、さらなる労働の代替を行わせることが可能となれば、生活上必要なことを行うことから解放され、娯楽に対して再び目を向けるようになります。そうなれば、“遊ぶ”価値が再認識されるのではないでしょうか。




ボードゲームの本質についての考察

“遊び”は多岐に渡りますが、ボードゲームが私たちにもたらすものはいったいなんでしょうか。もし、ボードゲームの本質が「楽しさ」や「頭を使う」といった表面上のものであれば、他の娯楽に代替されてしまいます。ここで、私はボードゲームの本質は「繋ぐこと」だと考えています。例外もありますが、基本的に私たちはボードゲームを一人では遊ぶことができません。ボードゲームは、それを遊ぶ参加者を含めてはじめて機能します。そのため、ボードゲームは参加者と参加者を繋ぐ媒体となります。

私たちが、ボードゲームを楽しんでいると感じる時、それはボードゲーム自体ではなく、ゲームを通じて過ごす相手との時間を楽しんでいると考えられます。そのため、ボードゲームを楽しめるかどうかは、参加者の行動に大きく依存しています。このように、参加者の存在がボードゲームには大きく影響しています。

さて、現代社会において、理由もなく対面して話すことは少なくなってきました。人々は相手と何かを話すきっかけを探し、お酒を通じた飲み会やたばこを通じた喫煙所での会話が行われています。人と人との「繋がり」が希薄化してきたからこそ、人々は対面しての「繋がり」を求めていると考えられます。

これに対して、ボードゲームはいつもと同じ室内で、相手との会話を「繋ぐ」契機をつくりだします。互いに向き合って、時には勝負し、時には協力しながら協同作業を行うことができます。ボードゲームは、このように人と人とを「繋ぐ」ための非常に良いツールとして機能します。

 




社会の変化とボードゲーム市場の拡大

先に述べた人工知能の議論を含め、社会は技術的に大きな変化を遂げると考えられます。しかし、いかに社会が変化しようとも人は人との「繋がり」を確保しようと試みると想定されます。その中で、ボードゲームは、人と人とを「繋ぐ」価値を提供し続けます。デジタルゲーム業界では、1人で楽しむゲームだけではなく、家族で楽しむようなゲームが登場しています。WiiやNintendo switch等のゲーム機はその例として挙げられます。このように、デジタルゲーム業界も人と人とを「繋ぐ」観点から価値を探しているように思えます。

近年の日本では、ボードゲームを紹介するメディアの発展やボードゲームの売買を行う基盤形成など、段々と規模は大きくなっていますが、欧米に比べるとその市場はまだ大きいとは言えません。しかし、“遊ぶ”価値に目が再び向けられ、人が再び「繋がり」を求めたとき、ボードゲームはその隙間に入り込む理想的なツールとして機能するのではないでしょうか?このことから、私はボードゲーム市場の拡大を予見しています。




あとがき

地球には70億人を超える人々が生活しています。しかし、私たちが生きている中で交流できる人達は、地球人口のほんの1%にも満たないと思われます。もちろん、交流を行うことのできない最も大きな原因は、空間と時間の制約です。80年という人生は短く、それだけ広い範囲を探索することは不可能です。私はこの原因に加えて、もう一つ主要な原因があると考えられます。それは、人と人とを媒介するツールの不足です。

本文中でも、人と人とが話す契機を得るためには、何か媒介するものが必要だと述べました。それは共通の趣味であったり、信念であったり、宗教であったり、自分の趣味嗜好や精神的拠り所となるようなものに当たります。英語が話せるということは、もちろん大事ではあると思いますが、言語の問題は媒介を促進するにすぎません。むしろ、何かを伝えたいという思い、何かを感じたいという思いこそが、交流を行うための動機づけとなると考えられます。

私は、実際にボードゲームを通じて多くの留学生と仲良くなりました。ボードゲームは、一定のルールに従って行われるため、相手と自分の行動が相互的にわかりやすくなっています。また、重要な要素として感情が動く点が挙げられます。自分や相手が、その場の感情を共有することは、当たり障りのない話を長い間するよりも、親密さを増加させるのに役立つと考えられます。

このように、ボードゲームは国境を超えるだけではなく、人の心の中にある障壁を超えるのではないでしょうか。だからこそ、ボードゲームの将来的に発展することで、人と人とがより親密に「繋がる」ようになると考えています。当サイトの『Board Game to Life』という名前も、「ボードゲームがより日常に溶け込めるように」という願いをこめて付けさせてもらいました。私は、ボードゲームが日常的に取り入れられることで、人と人とがボードゲームを通じて、より気軽に親密に「繋がる」ことができるような世の中を期待しています。

今回の記事は、私のボードゲームに対する思いを伝えるためのものでもあり、少し長く読みづらい点もあったかもしれません。多くのユーザーの方がアクセスしてくれるようになった今だからこそ、文字にしてみたいと考えました。今後も末永い付き合いをよろしくお願いします。

さいごに、ボードゲームを通じて、より人生が楽しく豊かになることを心より祈っています。

 

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